曽於市を訪ねて
2006 10/22
都城市を訪れてその帰り、都城盆地の西の一角にある旧財部町役場を訪れた。昨年の7
月、平成の大合併により、ここは鹿児島曽於郡から曽於市へ合併統合され、教育委員会も
旧大隅町の役場へと移動してしまっていた。しかたなくかつての岩川町にある教育委員会
を訪れた。
かつての曽於郡は大隅町、輝北町、財部町、末吉町、松山町、志布志町、有明町、大崎
町の8町で、南の肝属郡の9町と大隅半島を2分する広域郡で、その他鹿児島湾側に鹿屋
市、垂水市が配置される構図であった。財部市、末吉町と大隅町とは合併して曽於市に、
輝北町、串良市は肝属郡吾平町と吸収合併される形で鹿屋市に、松山町、志布志町、有明
町は志布志市に曽於郡としては大崎町だけが残った形になってしまった。
ここでは曽於郡の「ソオ」の故地はどこか、という問いとあわせてかつて大和朝廷に楯
突いた熊曽、隼人の故地の問題と合わせて、また、歴史に登場する曽君（ソノキミ）、曽
乃公（ソノキミ）、贈於君（ソオノキミ）、曽県主（ソノアガタヌシ）などを探りながら
見てみたい。
『続日本紀』によると奈良時代のはじめ、和銅6（713）年に、それまでは日向国の一部
であったが、肝杯（キモツキ）、贈於（ソオ）、大隅、姶羅（アヒラ）の四郡をさいて大
隅国が誕生したのであるが、贈於（ソオ）は小生の故郷、旧国分市（現在の霧島市）一体
をさしていると言われている。小生の感覚では旧国分町当時は姶良（アイラ）郡であった
からこの地は郡域が大きく移動していることになる。もう一つ混乱に拍車をかけるのは古
事記では熊曽国、曽国（ソノクニ）、日本書紀では襲国（ソノクニ）であり、でニニギノ
命を天孫降臨させたのは日向の襲の高千穂峰とでてくる。襲の峰とは霧島山を指すなどの
ことも言われ、かつての贈於郷が霧島市になったのも歴史的には説明できるのかも知れな
いが「ソ」と「ソオ」と同じ意味かどうかを取り上げてみたい。
アイヌ・縄文語の立場からは各地に共通の地名が名付けられているのは共通の言葉があ
ったと言う立場から、また地名は地勢を示しているとする立場から次のようなことを考え
ている。この場合に「ソ」を示すアイヌ語地名用語は知里真志保の「アイヌ語地名辞典」
によると、（so:①岩 ②滝 ③床 ④面）とあり
襲の峰 ソ so 岩山
贈於/曽於 ソオ so-o 滝が多い
so-o
岩山の山裾
となるのではと考えている。
この地においては熊曽の国であり、隼人の国であり、まつろわぬ民として、反乱がたび
たびあったことを伝えているが、大隅国の誕生に当たっても大和朝廷側が気を遣った様子
を『続日本紀』は伝えている。朝貢集団として参内させ、儀式・宴席に参加させ、官位をあ
たえて懐柔した後帰らせその後、「日向の隼人の曽君細麻呂（ソノキミホソマロ）は隼人
たちに荒々しい風習を改めることを教え諭し、天皇の徳化に従わせるようにした。その結
果外従五位下の官位を授けた。」とある。
一方、隼人が勇猛であったことを利用して戦の戦闘に立たされていた様子を伝えている。
藤原氏の台頭期に藤原不比等が亡くなると橘諸兄（タチバナモロエ）が、吉備真備などと
協力して実権をにぎり、藤原広嗣は中央から左遷され太宰府に遠のけられたが、太宰少弐
という地位を利用して兵を集めて、天平12年（740）年に反乱を起こした。隼人の戦闘
力を頼みにしていた様子として、「逆賊藤原広嗣、衆一万ばかりの騎を率いて板櫃河（イ
タビツガワ）にいたる。広嗣みずから隼人の軍を率いて先鋒たり。」しかし、広嗣が隼人
を主戦力にしていたことは朝廷側にもいち早く伝わったらしく、畿内警備の任にあった隼
人を懐柔し。官服、官位を賜り征途につかされたらしい。板櫃河を挟んで戦が始まると朝
廷側の隼人はメガフォンを通して、「逆賊の広嗣に従って官軍を拒み抵抗しようとするも
のは、ただその身を滅ぼすだけではないぞ。罪は妻子、親族までおよぶぞ。」と懐かしい
独特の言葉で話しかけられ、だまされて戦にかり出されたことを悟り、戦意喪失したこと。
降伏した隼人の一人、贈唹君多理志佐（ソオノキミタリシサ）が広嗣軍の構成、戦略など
をもらして、一気に広嗣軍は敗勢へ向かったことなどを伝えている。しかしこれらの文献
に出てくる曽君、贈唹君の根拠地はこのままでは分からない。当時中央で考えられていた
大隅国分寺、国府周辺の有力者であろうとの推定しか分からない。
図 1.霧島連邦南麓の旧国分市、隼人町周辺の地形図
急勾配を流れ下る滝川の集合する地域である。
一方、昨年まで曽於郡であった地域はここから南の大隅半島の中央部分である。
図 2.高隈山地東麓の旧曽於郡の一部
高隈山麓に源を発し肝属川、菱田川などに集合して志布志湾に多くが流れ込んでいる。
「滝が多い」または「岩山の山麓」としてはこちらの方がより地形の資格十分である。
高隈山はまたの名を大篦柄（オオノガラ）岳といい下記の意味であろう。
高隈山 タカクマ ta-ka-kuma 切り立った上手の横山
（kuma:物干し棚）のことでね両側に棒を立て横棒を渡し、その横棒に吊して乾かす
柵のことで、秋の稲の収穫期に田んぼに稲が小束にして逆さに吊されている棚などに例え
て、遠くに衝立のように塞がっている山として高隈山は相応しい名前である。
大篦柄岳 オオノガラ oho-not-kar 山奥の太地の顎､出崎が曲がっている
この山の頂上付近の尾根はＵの字のようになっている、構造の特徴を言ったものではな
いだろうか。なお、篦（ノ）とは矢竹のことをいうが、ここでは鏃（ヤジリ）を指してい
るのであろうか。
曽於郷が何処であったか、国分域と鹿屋域を合わせた広域地名であった可能性もあるが、
曽君、贈唹君の出自から考えれば大隅国府のあった旧国分市地域に思われるが、新しい曽
於市は旧曽於郡大隅町などが引き継ぎ、大隅半島の中央部を占めるに至っている。
旅のついでから行けばまず旧財部町を訪れた。
図 3.現在は鹿児島県曽於市財部、旧財部町周辺の地形図
部民（ベミン）制とは5世紀末から6世紀に大和朝廷が定めた職務分担制度で、財部と
はインターネットで調べたら「財日奉部（たからのひまつりべ）を略して呼んだ地名であ
る。財と書いても、宝皇女（たからのみこ）の宝に由来したもので、宝皇女に献上された
県（あがた）の一部に、隼人の馴化治平の方策として、隼人族の土俗信仰の日迎え神事を
とりいれ、日神を祭る斎場を設けて部民を置いたのが、すなわち財日奉部であった。宝皇
女は大化改新に先立つ三年前（642）に即位した皇極（再祚して斉明）女帝のことであ
る。財部町の蛭牟田（ひるむた）には和銅元年（708）建立と伝える日光神社もあって、
ここがもと斎場であったろうか、蛭牟田は天照神（ひるめ）の御田（みた）の意味とも受
け取れる。とにかく古い由緒を持つ珍しい地名である。宝皇女との関係からみて、ここに
県（あがた）が設けられたのは七世紀のはじめということがわかり、諸県郡内とされてい
るから、県として献上したのは諸県の県主であったということになる。」とある。
しかし、日光神社のある日光集落は上手の杢日野集落のすぐ北西の台地上にあり、ここ
が水田適地には思えない。また、天照神（ひるめ）の伝承のある地に「蛭」などの卑字を
宛てるなどとは思えない。地形・地勢から下記のような地名に当て字されたものとは考え
られないだろうか。
財部 タカラベ ta-kar-pe そこで曲がっているもの、川
ta-kar-pet そこで曲がっている川
図 4.北東上部から見た財部町中心部のカシバード撮影像
横市川が左上手から流れ財部集落を包むように曲込み、合流して手前に流れ下る川名が
その名にふさわしいと思える。なお、横市川は次のように解釈できる。
横市川 ヨコイチ yoko-i-ot-i 獲物を狙う獲物が多い所
財部の部民は存在するが、12代景行天皇の后となった御刀（ミハカシ）、16代仁徳天
皇の后の髪長姫と、日向国、特に諸県主などとの大和朝廷との結びつきは強く、35代皇
極天皇、37代斉明天皇の代は大化の改新もあり激動の時代ではあるが日向国との関係は
どうであったのであろうか。
なお、この地形図から次のような地名が気になる。
田平 タヒラ ta-pira そこは崖（地）
切り立った崖
肥 コヤシ ko-ya-usi そこは縁にくっつく/ある所
俣 マタ mak-ta 奥まった所
阿邪里 アゼリ as-e-ri 切り立った山の/そこの高台
なお、この地名を調べたら下記のようにある。いずれも「アセリ」であるが同様の地勢、
地形にあるようである。
沖縄県具志川市与那城（ヨナグスク）町安勢理
宮崎県臼杵郡南郷村阿切
京都府船井郡和知町安栖里
次に訪れた地は南に約10Ｋｍ行った曽於市末吉町である。ここは明治22年の大合併に
より、深川村、諏訪方村、岩崎村、南之郷村、二之方村の五村が合併し末吉村になり、大
正末期に末吉町になった所だそうである。
図 5.曽於市末吉町中心部付近の地形図
合併時のどさくさに紛れて好字名の村名にしたのであろうが、地勢、地形にあった縄文
的な地名解釈ではあろう。
末吉町 スエヨシ su-e-i-o-usi 鍋底状の窪地の入江に獲物がいつも
多い所
そのことと関連するように下記の地名である。
諏訪方 スワガタ su-wa-ka-ta 鍋底状の窪地の縁の上手の所
村山 ムラヤマ mur-ya-oma 岡の山縁にある（所）
深川 フカガワ hukka-ka-wa 浅瀬の上手の岸辺
仲町 ナカ na-ka 水辺の上手
森田 モリタ mor,i-ta 岡の所
緩毛原 ユズケバル i-uske-para 獲物を多くしている広場
ここから更に南下して旧大隅町役場にある教育委員会の勝目様を訪ねて行き、財部の地
名のこと、曽君、曽於君の故地のことなど質問できた。財部は部民による地名で、日本書
紀の敏達記にあると言われ調べたが「蘇我馬子大臣を吉備国に使わし田部を白猪の屯倉と
田部を増設させた」という記事には出会った。また「日祀部（ヒノマツリベ）と私部（キ
サイチベ）とを置いた。（日祀部は日奉部とも書き、日神の祭祀に奉仕する品部（トモベ）
かと思われる。私部は后妃の地位に付属する部」ともあった。30代敏達天皇の代に作ら
れた制度を35，37代とに適用して宝皇女に結びつけた由来説話に思える。なお関連して、
正月2日に無病息災、家内安全を願って行われる財部のタカラの火祭りが有名であること
を言われていた。
図 6.曽於市大隅町岩川周辺の地形図
地形からして規模の大小はあるが共通し、都城、財部、末吉、大隅町岩川の地形は山間
部の川の合流点に発達した町で縄文時代には湖や沼であり縄文時代以来の地名を保存して
いる地域に思える。なお、岩川の岩はアイヌ語で（iwa:岩/山）と共通であり、語源は
（iwor:神々の住む世界）、（kamuy-iwak,i:神の住処）、（iwaki(=ewaki)：（神の）住
む所）などと関係すると言われている。なお、（so:岩；滝）もあり、アイヌ語では岩川は
so-pet、so-nay
に置き換えられるがこれらの地名は各地にあり
so-pet ソベ 曽部、曾部、楚辺、村部、
ソエ 曽江、添、副（谷、田）
so-nay ソネ 曽内、祖納、
ショウナイ庄内、荘内、
ソネ 曽根、曽祢
などと各地にある。なお、ここは曽於（ソオ）をアイヌ語地名化した
ソオ so-(pet-)o 滝川の川口（の地）
とも重なる。
この地で気になる地名は下記のようである。
宮原 ミヤバル muy-ya-par 入江の岸辺の川口
松田 マツダ matu-ta 入り込んだ入江の所
諏訪 スワ su-wa 鍋底状の窪地の岸/縁
吉井 ヨシイ i-o-usi 獲物がいつも多い所
別府 ビョウ pi-o-u 小石の川口がくっつきあっている
ベップ pet-put 川の川口
なお、ベップからビョウとなったものかね別々のものかねアイヌ語地名用語での地勢、
地形は同じようなものであるが。
平原 ヒラバル pira-par 崖地の川口
菱田川 ヒシダ pi-us-ta 小石が群在する所
旧大隅町も昭和30年岩川郷、恒吉郷、志布志郷の一部、大崎町の一部が合併して出来
た大隅半島にあやかって新た町名に変わった所であるが、大隅の故地の問題とも絡み、ア
イヌ・縄文地名として書きのように考える。
大隅半島 オオスミ oho-su-muy 深く入り込んだ鍋底状の入江
すなわち鹿児島湾（錦江湾）を指す言葉であったのではないだろうか。
なお、錦江湾の由来をインターネットで調べたら、「島津氏第18代家久の時代の名僧・
鳳山和尚は、晩年、加治木町日木山川河口の黒川の地に「鳳山軒」という庵を結んで隠棲
した。家久もたびたびその庵を訪れ、「浪のおりかくる錦は磯山の梢にさらす花の色かな」
という歌を詠んだという。この家久の歌が、鹿児島湾を錦江湾と呼ぶようになった起源で
あるといわれる。後に、加治木島津氏第6代久徴（ひさなる）が、この地に「家久公の歌
にちなみ、前の海を錦江と呼ぶ」という趣旨の文を刻んだ碑を建立している。」とある。
漢字素養に優れた漢文調の好字地名であるが、あえて縄文地名として考えると錦江湾は姶
良カルデラとして縄文期以前に大噴火を起し海が入り込んできた地であるがそれ以前の地
勢を記憶していた人々が下記のように呼んだものから続き、その音韻に漢字好字があてら
たと考えてみたい。
錦江湾 キンコウ kim-ukaw 山が重なり合った（地）