志布志、内之浦を訪ねて
2006 10/28
大隅半島東海岸の志布志、内之浦を訪ねてみようと思い立った。ここも鹿児島県曽於郡
から独立し、松山町、有明町を吸収する形で昨年の11月に志布志市となった所である。
地形上は海中に東南の約1/3のカルデラ外輪山が埋まった、カルデラが海に没したカル
デラ湾と思える形状の大きな湾岸砂丘の町で、宮崎県串間市へ隣接している。旧志布志町
中心部のすぐ南東の湾中には特別天然記念物に指定されたビロウ樹などによる亜熱帯植物
群落がある枇榔（ビロウ）島があり、日南海岸国定公園の一角にもなっている。
湾には福島川、前川、安楽川、菱田川、肝属川など大小の多くの川が流れ込んで、古代
人の生活の場としての好条件が備わっているが、縄文時代から弥生時代に至る古代遺跡は、
町内に広く分布して、各種の土器・石器・骨角器を数多く出土しているそうである。
古代の特筆すべき遺跡としてはダグリ岬の山頂に築かれている巨大な山上墳は県下最古
の五世紀の前方後円墳で壺型埴輪やガラス製の曲玉・丸玉を出土し、当時既に中央文化と
の交流があったことを物語っているそうである。
平安末期に藤原氏の荘園として開かれた壮大な島津荘園の港として、前川の河口港とし
ても当時町並みが作られ、武士の興隆以降の争乱期に志布志城によってこの地方を治めた
武将に、鎌倉期の救仁院氏・安楽氏・南北朝期の揄井氏・島津氏・畠山氏・戦国期の新納
氏・豊洲島津氏・肝付氏等があるが、武将たちの築いた城のうち志布志内城・松尾城は今
も城郭のほとんどを旧態のまま残している。地の利に目を付けた多くの武将の争乱の地で
もあったようである。
図 1.鹿児島県志布志市、志布志湾周辺の地形図
「志布志」の地名由来説話には
「天智天皇が志布志町安楽に寓居されていた頃、土地の女主人と女童が ともに布を織り
上げて献上したので、上下にその志の厚いことに喜ばれ、『この土地は志布志である』と
した」 とされており、天智天皇を祭神とする安楽山宮神社、田の浦山宮神社などがあり、
薩摩半島南部の指宿市の揖宿（イブスキ）神社にも天智天皇がまつられ、こちらの地名由
来もあるのだそうであるが、中大兄皇子時代からこの地に来たという史実は無いであろう。
アイヌ・縄文語地名としては下記の地名が地勢を端的に言い表しているように思う。
志布志湾 シブシ si-us,i 大きな湾
日本語の臼（ウス）などにも通じる縄文語起源と考えるが、関連地名が九州東岸では続
いてみられる。
宇佐湾 ウサ us(-a)
湾（臼が座っている）
臼杵市 ウスキ us-ke 湾の所
なお、次に訪れる内之浦湾、岸良もこの仲間ではないだろうか。ここでは音韻変化とし
て si-us,i →sihusi →sibusi と、日本語として考えられる変化に思える。
上記図で気になる地名は下記の通り。
串間市 クシマ kusi-moy 対岸の入江
moy(=moi)の二重母音は他の短母音へ変わりやすく、moy→ma は一般的であろう。
春日 カスガ kas-ka 越える上手/岡
カスガ地名も各地にあり、古代の山越えの道しるべの地名と考える。橋などのない時代
は対岸へゆくのに危険の多い急流の河口を避けて上流の岩のごろごろした渡行出来る場所
まで遡り川を越えた場所であろう。
永田 ナガタ na-ka-ta 水辺の上手の所
集落は小さな河口の所ではあるが山間部の地である。長田、中田、長井、長居などこの
種の地名、人名（苗字）も多い。
塩屋原 シオヤハラ so-ya-par 岩礁の陸岸の川口
古代人の考え方として、川が海に流れ込むところは川尻であったか川口か、現代人の感
覚では「尻」であろうが、古代人の感覚では神様である獲物としての魚等はここから入っ
て川上である「頭」に登ることから、ここは「口」であろう。地名用語の（put/puti:川
口）は日本語の「口」、「内」に、（par:川口）は「原」、「腹」などになりやすい。
高松 タカマツ ta-ka-matu 切り立った上手/岡の入り込んだ入江
ta-ka は日本語の「高い所」と感覚的に同じであろう。
ダグリ岬 ta-kur-i 切り立って黒々した所
ダグリは駄繰里と書き、かつての荷駝の検査をした関所跡との地名由来もあり、縄文期
起源か中世以降の地名か興味は大きいが、先述のように5世紀の前方後円墳、飯盛山古墳
をつぶして国民宿舎が作られたとはもったいない話である。
横尾 ヨコオ yoko-o 獲物を狙う山裾/川口
詳細地形からはこの集落は台地の上にあり、川口の近くではないから山裾の意であろう。
（yoko:獲物を狙う（動作））は語源としては（i-o-ko:獲物が多い所）から生じたもので
あろう。
安楽 アンラク ar-ra-ke もう一方の低岸の所
安楽川があり、安楽集落、安楽橋があるが、三重県亀山市安坂山町安楽の場合も同じで
ある。千葉県山武郡成東町安楽は九十九里浜の河岸段丘、作田川ぞいにあり、千葉県甘楽
郡下仁田町安楽地は利根川支流の鏑（カブラ）川の河岸段丘上の集落名である。
有明町 アリアケ ar-arke もう一方の所
この地名も各地にある。（ここでは省略）
稲荷 イナリ inaw-ri 幣場、祭場の高台
イナリ信仰とも結びついている古代からの信仰地の跡では。
菱田 ヒシダ pi-usi-ta 小石が群在する所
菱田川の河口に近い所であるが、この地名もあちこちにある。（ここでは省略）
宇都口 ウトゲチ ut-key-oput,i 枝状の山の川口
ここの北方に宇都集落があり、宇都（ウトン）丘、宇都（ウトン）鼻などもあり、こち
らの方と関係のある地名に思える。
永吉 ナガヨシ na-ka-i-o-usi 水辺の上手の獲物がいつも多い所
鹿児島県、千葉県にやや多く、解釈は縄文的な地名に思えるが、単に好字二字に付けた
地名にも思えるが、鹿児島県日置市吹上町の永吉川など明らかに縄文地名に思う。
安留 ヤスドメ yas-to(ko)m-e すくい網（する川辺）の小山の山
なお、旧志布志湾周辺の拡大地形図は下記のようである。
図 2.志布志市志布志町周辺の拡大地形図
前述の志布志の地名に由来するという安楽の山宮神社が図左上にある。安楽、志布志、
有明などの解釈については述べた。
若宮 ワカミヤ wakka-muy-ya 水辺の入江の陸岸
次に旧松山町を見てみよう。中心部は北北西に車で約15Ｋｍ上がったところである。
図 2.志布志市松山町中心部周辺の拡大地形図
菱田川中流域に対して支流の松尾川が合流するあたりに松山集落はある。ここでの気に
なる地名は下記のようである。
松山 マツヤマ matu-ya-oma 入り込んだ入江の陸岸にある
松尾川 マツオ matu-o 入り込んだ入江の川口
野久尾 ノクビ not-kut-pi 太地の顎､山崎の岩崖の（ある）岩山
大田尾 オオタオ ota-o 砂浜の川口
志柄 シガラ si-kar 大きく曲がる（川/山縁）
もう一方の旧有明町の中心部は志布志から車で北西に約8Ｋｍの所である。
図 3.志布志市有明町中心部周辺の拡大地形図
有明町は前述した。その他気になる地名は下記のようである。
野井倉 ノイクラ not-i-kur 太地の顎、山崎の（間の）そこの日陰
片平 カタヒラ ka-ta-pira 上手に切り立った崖
蓬原 フツハラ put-para 川口の広い所
河岸段丘上の台地上の集落である。ヨモギのことを鹿児島弁では「フッ」であり、単に
ヨモギ原と言っているのかも知れない。
宇宙基地（宇宙空間観測所）のある内之浦は志布志から車で南に約40Ｋｍある。ここ
は道中の高（コウ）山町と合併して昨年7月に新しく肝属町となったところである。中世
からの名族氏の出た肝属、高山については次回に回したく。
志布志から旧大崎町、旧東串良町と走り、肝属川を渡れば旧高山町、新肝属町に入り、
大隅半島の南東部端に横たわる肝属山地を東に、志布志湾の南端をめぐり、それから南に
進路を変えると志布志湾が終わり内之浦湾に入る。
町立図書館を教えていただき、内之浦沿革をざっと調べてみた。この地の西、肝属山地
の北端は国見連山であり、内之浦を西から囲むように国見山、黒園嶽、その南の甫与志嶽
とあり、神の山であり人々は群れをなしてめぐり、三度詣でれば妻給わると言い伝えられ
ているそうである。石長比売、木花之佐久夜比売や神武天皇の祖父、彦火火出見尊などの
祠があるそうである。彦火火出見尊の高屋の山稜、景行天皇の南九州遠征時の高屋宮跡を
巡って内之浦北方にある高屋神社であるとの伝承とも関連している。
中世にはこの地を治めた肝属氏の支族、内之浦氏、岸良氏などが約550年間治めた地
であるそうであるが、港町としても栄え和冦の根拠地の一つでもあったそうである。
図 4.肝属郡肝属町、旧内之浦町周辺地形図
内之浦、岸良がアイヌ語（us/us,i:湾）から出た地名では無いかと思われるのはその地
系からであり、音韻が近い点である。
内之浦湾 ウチ(ﾉ)ウラ us,i-uta(=ura) 湾の砂浜
s、t の双方きわめて近い音である。
岸良 キシラ key-us,i-uta(=ura) 山（間）の湾の砂浜
二重母音が短母音に縮まる過程で起った変化
であるように思える。
その他、気になる地名は下記のようである。
小串 オグシ o-kus-i 山裾を越える所
垂水 タルミズ tar-muy-to 波の踊る入江の海辺
馬込 マゴメ mam-kom-e 小さなコブの山
広瀬川の下流、東南東から見た馬込集落は下記のような地形である。
図 5.肝属町内之浦の馬込の山容カシバード撮影像
中央手前の広瀬川の向こうのこじんまりした岡の周辺が馬込集落である。
赤木屋 アカギヤ wakka-key-ya 水辺の山の陸縁
江平 エヒラ e-pira 山の崖
乙田 オツタ o-tu-ta 川口/山裾の峰の所
白木 シラキ sirar-key 岩の山