吉備路と東城街道
２００３ ３／２０
古代吉備文化のロマンを宿す巨大古墳と神話の道、瀬戸内の吉備国から日本海の伯耆の
国へ、板倉から淀江まで、とある。この道は国道１８０，１８２，１８３号線などに重な
り、また岡山から米子経由の伯備線ともほぼ重なり、数年前に仕事の関係で幾度も往復し、
地名探求に没頭して行くきっかけともなり、多くのアイヌ地名語で読める地名を見つけ出
した思い出のルートであり、それらも紹介しながら進むことにしよう。
出発地点の吉備国板倉は吉備津と呼ばれ、豊かな穀倉地帯に支えられ、この地に君臨し
た吉備氏はヤマト政権と並ぶ程の力をっていた。それらの証として、備前国一宮の吉備津
彦神社や備中国一宮の吉備津神社があり、桃太郎伝説などの意味は重要なものがある。
なお、吉備津彦とは「吉備津を治めた長官」の名前がぴったし合っており、古事記の記
述によればヤマト政権の第１０代、崇神天皇が各地に派遣した四道将軍の一人であり、第
７代の孝謙天皇の皇子であると言われている人である。その後の大和政権の吉備政策は大
吉備国の分割であり、備前、備中、備後と美作国へと分けられた。権力を象徴するものと
して、ここには造山古墳、作山古墳などの巨大古墳が残されている。
山陽道と松山往来の分岐点の板倉宿から国道１８０号線を北西に進むとまもなく、右手
に小高い岡が見えるが、その麓に豊臣秀吉の水攻めにあった備中高松城があり、ここから
彼の天下取りが始まっていった。
高松 タカマツ 切り立った上手、岡の入り込んだ入り江
であり、かつての入江を足守川の水を塞き止めて復元した見識はさすがである。その先は
足守藩のあった古い陣屋の残る岡山市足守であり、個々の地形も特異である。
図 １．岡山市足守付近の地形図
足守川沿いの足守集落は南を覗く三方の回りを山に囲まれている小盆地である。この絵
にはないがすぐ南に東阿曽、西阿曽の地名も残っている。
足守 アシモリ as-moy 切り立っている入り江
阿曽 アソ as-so 切り立っている周り一面
ここの西には古代朝鮮式の山城「鬼ノ城」跡があり、温羅伝説などとともに残されてい
る。足守宿からは約４Ｋｍで、国道１８０号線に戻り西方へ約５Ｋｍ進むと備中国の中心
地であった総社へでる。さらに西へ進むと高梁川に沿って北上することになるが、約３０
Ｋｍ進むと松山藩の城下町、松山宿、現在の高梁市である。
図 ２．岡山県高梁市周辺地形図
鎌倉時代の山城、松山城はこの絵の外であるが中央上手の所、標高４６０ｍにあり、現
存する天守閣では最高地にあるそうである。
松山 マツ matu 入り込んだ入り江（の山）
稲荷山 イナリ inaw-ri 幣場、祭場の高台
愛宕山 アタゴ a-tapkop 我らがタンコブ山
このようなタンコブ山は古代人の祭場であ
り、愛宕神社は山上にある場合が多い。
近似 チカノリ cki-ka-no-ru 我らが上手、岡の良い道、神の道
日名 ヒナ pi-na 石ころの水辺
和田町 ワダ wattar 流れの絶えない淵
奥万田 オクマンダ oman-ta 山奥に入った所
松山からは高梁川沿いの新見往来と西回りの吹屋往来とに分かれている。吹屋往来の吹
屋は江戸時代に住友家三代当主の泉屋吉左衛門が吉岡銅山の大規模開発を行い、赤色顔料
のベンガラ生産が当たり、瞬く間に日本中に普及したのだそうである。成羽川を下り、高
梁川から松山を経て、倉敷まで下り、各地に運ばれたとある。
新見も特異な地形である。
図 ３．岡山県新見市周辺地形図
西からは高梁川が北からは熊谷川が流れ下り、合流してその扇状地が市街地である。ニ
イミに近い北海道の地名を調べると次のようにある
新冠 ニイカップ ni-kap 木の皮、ハルニレの樹皮
北海道新冠郡新冠町
これで繊維を取り出して服を作ったが、アツシ
とは材料が違う。
仁居常呂川 ニイトコロ ni-o-tokor 流木が多くある常呂川（湖を持つ
川）、北海道北見市を流れる常呂川の支流
新内 ニイナイ ni-un-nay 木がある川
北海道上川郡新得町新内
根室 ネムロ ni-mu-oro 流木が塞ぐ所
北海道根室市
色々な説があるが、これがもっともらしい。
これらから判断すると
新見 ニイミ ni-o-muy 流木が多い入り江
ではないだろうか。その他の地名解釈はは下記のようである。
猿木 サルキ sar-ke 草原の所
西方 ニシカタ ni-us-ka-ta 木が群生している上手の所、岡
岩倉 イワクラ iwa-kur 岩山の日陰の所
高尾 タカオ ta-ka-o 切り立った上手、岡の裾
弓削 ユゲ i-uk-ke 獲物を捕らえる所
今井 イマイ i-ma-i 獲物がたくさんいる所
太田 オオタ ota 砂浜
桑原 クワハラ ku-wa-para 我らが岡の広い所
竜頭 リュウトウ ru-to(ko)m 道のある小山
千丸 センマル sempir-mak-ru 日陰の奥まった道
相生町 アイオイ ay-o-i イラクサの群生する所
イラクサは古代の麻布の原料で大事であっ
た。都市の各地に見られる地名である。
ここの南には井倉峡、西には阿哲峡がある。阿哲峡に対しては自然保護運動の旗頭で有
名な北大の某教授、アイヌ地名保護運動でもご活躍されているが、興味を寄せて頂き感激
した覚えがある。地形図と共に下記のように解釈できるのでは。
井倉峡 イクラ i-kur 神の暗がり
阿哲峡 アテツ at-etu 群在する太地の鼻、岬
図 ４．岡山県新見市の阿哲峡のカシバード撮影像
神代（コオジロ）川の支流の西川の蛇行とそこに突き出した山崎はこの川を通り抜けな
いと見れないが、上からこのように眺めたような地名になっている。
新見からは険しい中国山中を南西へ、東城街道、現在の国道１８２号線をとり、城下町
の東城宿、石灰岩の奇石を連ねる帝釈峡をとおり、西城宿を通り、北上することになるが、
標高１２６４ｍの立烏帽子岳とも言われる比婆山を始め烏帽子岳や毛無山、矢筈山、仏山
などの山が並んでいる。古事記には「伊邪那美（イザナミ）の神は出雲の国と伯伎の国と
の境の比婆の山に葬（ハフ）りき」と記され、新鮮な山と信じられている。
比婆山 ヒバ pi-pa 岩山の頭、山頂
烏帽子山 エボシ e-po-us-i 頭、山頂に小山がくっついているもの
毛無山 ケナシ kenasi 森（山）
矢筈山 ヤハズ ya-pa-us 岸辺に頭、山がくっついている（山）
仏山 ホトケ hotke 寝そべっている（山）
国道１８３号線を北上し、広島県から鳥取県へ越えると多里宿のあった鳥取県日野郡日
南町へ出る。
図 ５．鳥取県日野郡日南町の多里周辺の地形図
多里 タリ tar-i （水の流れが）踊るもの、滝川
日野川 ヒノ pi-nup 小石の原
日野川は小石の多い川である。
萩原 ハギハラ pa-ke-para 頭、岡の所の広い所
針間 ハリマ ar-moy もう一方の山
井手口 イデグチ i-te-put-i 神の所である川口
内方 ウチカタ ut-ka-ta 枝川の上手の所、岡
ここからは日野川に沿って下ることになるが、ＪＲ伯備線とも再び合流する。なお、日
野郡日南町には猿隠山と同時に、阿毘縁（アビレ）等という珍しい地名があったことを思
い出す。
猿隠山 サルカクシ sar-ka-kus-i 草原の上手を越える所
阿毘縁 アビレ apir ケモノ道
また、根雨宿、江尾宿などのネウ、エビ地名も珍しい。
根雨 ネウ nay-ut あばら骨の川、枝川
日野川に対して、支流の板井原川を指し
たがその合流点の地名になったのでは。
江尾地名に関してはその地形図が参考になるのでは。
図 ６．鳥取県日野郡江府町の江尾付近の地形図
日野川は鳥取県米子市の皆生温泉付近で日本海の美保湾に北流し、流れ注いでいるが、
一方ここの北部には大山、標高１７１１ｍがあり、その山裾を流れ下ってくる小江尾川な
どは南に流れ下り、ここで日野川に合流する。
江尾 エビ e-pis(-ne-nay) 頭、水源が浜の方向（にある川）
e-pis(-un-nay) 頭、水源が浜（にある川）
日本語の海老（エビ）の言われている。
久連 クレ kur-e 日陰の入り江
美女石 ビジョイシ pisoy-us-i 磯辺にくっついているもの、岩
日野川はこの辺りでもごろごろとゴロタ石を見せている。日野川に沿って北上し、日本
海へ出た所が街道の終点、淀江宿であり山陰道の宿場町でもあり、港町としても栄えた所
である。
図 ７．島根県西伯郡淀江町の周辺の地形図
淀江町 ヨドエ i-o-to-e 獲物が群生する海の入り江
福井 フクイ pu-ku-i 倉、獲物の詰まっている我らが所
福岡 フクオカ pu-ke-o-ka 倉、獲物の詰まっている所の上手、岡
西原 ニシハラ ni-us-para 木が生い茂る広い所
北尾 キタオ key-ta-o 太地の頭、山の所の裾
このような地形は古代から獲物の豊富な生活しやすい場所であったのであろう。