石見銀山街道
２００４ ２／２３
景勝の地、瀬戸内海の尾道から石見銀山、さらに日本海の温泉津（ユノツ）まで、近世
日本の経済と商業を成熟させる礎となった道の旅である。タイトルにあるように銀山を巡
る攻防戦の歴史がつまっているようである。この地は山口の大内氏、出雲の尼子氏、広島
の毛利氏と勢力争い後であり、争奪の的であったが、結局毛利氏が石見国を平定し、毛利
氏の支配が続いた。
当初、大内氏は石見銀山に近い温泉津を積出港として整備し、「銀山街道」としての道
を開き、日本海側のルートを整備した。
関ヶ原の戦い後、徳川家康はここを直轄地として、大久保長安を初代の銀山奉行に任命
し、積極的な開発に乗り出し、尾道に至る街道を開いて、物資輸送に使ったそうである。
明治維新後はこの銀山を取り巻く地は、大森県、浜田県、島根県と変わっていったそう
である。
図 １．広島県尾道市、三原市周辺地形図
瀬戸内海の風光明媚な尾道を訪れた印象は恐ろしい所に町がある、急勾配の中の町であ
るが、至る所に神社、仏閣がある。中世から栄えた港町だそうである。南北時代末期にこ
の地の守護となった山名氏は積極的にここから対明貿易にたずさわったが、戦国時代には
衰え、毛利氏の領地となった。江戸時代は広島藩の直轄地であった。
三原は山が双方から迫っている間を沼田川が流れ込み、海辺の三角州の上の町である。
毛利元就の三男、小早川隆景はここに三原城を建てたが、現在の新幹線の三原駅の所であ
る。かつて、城が出来た当時は海に浮んでいるような城であったそうである。
ここの市の民俗資料館を訪れ、ナウマン象の化石が出たことを知った。海・川と山裾と
小平野のあるこのような地は神様である獲物の群れ遊ぶ、庭、アイヌ・縄文語の立場から
は下記のような地名であろう。尾道の地名と共に記す。
三原市 ミハラ (kamuy-)mintar 神の庭
各地に三原、美原などの地名はあり、三春
などの地名も同じであろう。
尾道市 オノミチ o-no-muy-us-i 山裾の尊い入江のある所
その他、気になる地名は下記のようである。
御調郡 ミツギ muy-tu-ke 山／入江の峰の所
八幡 ヤワタ ya-wa-ta 山縁の岸辺の所
美生 ミノウ muy-o-u 入江の川口／山の裾がくっつく
龍王山 リュウオウ ru-o-u 道がそこでくっつく
大型獣を求めて尾根づたいに道があった。
深町 フカマチ hukka-matu 浅瀬の入り込んだ入江
漢字の意味とは正反対であろう。
干川 カラ kar 曲がっている（川）
和田 ワダ wattar 流れの絶えない淀み、淵
須波 スナミ su-na-muy 窪地の水辺の入江
糸崎 イトザキ etu-san-key 太地の鼻、岬の前に出た頭、出崎
末政 スエマサ su-e-masar 窪地のそこは草原／湿原
本郷 ホンゴウ ho-un-ukaw 川口にある石の重なり合い
猪子迫 イノコ i-not-ko そこは／神のアゴ、出崎の所
美ノ郷 ミノゴウ muy-no-ukaw 入江の尊い石の重なり合い
三成 ミナリ muy-na-ri 入江の水辺の高台
阿吹 アブキ aw-ke 枝川の所
ap-key 枝状の山
阿草 アグサ a-kusa 我らが越える所／舟で渡す所
今津 イマヅ i-ma-to 獲物が多い海辺
松永 マツナガ matu-na-ka 入り込んだ入江の水辺の上手、岡
山波 ヤマナミ ya-oma-na-muy 山縁にある水辺の入江
歌 ウタ uta 砂浜
uta/ota:砂浜 uta→ura など音韻的に
代わり易く、浦地名になったと言われてい
るが原型を保っている。
肥浜 ヒハマ pi-ha-ma 小石の潮が引いてさざ波が立つ（所）
大地 オオジ o-ot-i 山裾が群在する所
栗原 クリハラ kur-para 日陰の原場
吉和 ヨシワ i-o-si-wa 獲物のとても多い岸辺
福地 フクチ pu-kut-i 倉、獲物の多い岩崖の所
尾道から国道１８４号線を約２４Ｋｍ北上すると、甲山宿である。平安末期に平氏、後
白河法皇の所有の荘園となり、平安末期には高野山金剛峰（コンゴウブ）寺の所有となっ
たのを期に、「今高野山」と呼ばれる寺院群が設立され、一時は僧侶による富と権力が集
中したそうであるが、武士勢力の台頭と共に衰えていったのだそうである。
甲山からは現在の１８４号線を離れて東北の４８２号線をたどり、小童（ヒチ）（現、
甲奴町）を通り、上下（ジョウゲ）宿を経て、今度は北西へ向かい、現在の１８４号線へ
戻ると吉舎宿である。これまで地名を整理すると
甲山 コウ ukaw 石の重なり合い
小童 ヒチ pi-at-i
小石が群在する所
甲奴町 コウヌ ukaw-nup
石の重なり合いの原場
上下町 ジョウゲ so-ke 岩礁の所
高野山 コウヤ ukaw-ya
石の重なり合いの陸／山縁
高野山を除いて、河川による扇状地の集落名であろう。
吉舎の地名はその地形の特異な形から名付けられたものであろう。
図 ２．南のやや上空から見た吉舎集落のカシバード撮影像
図 ３．広島県双三郡吉佐町吉舎の拡大地形図
数字の３の形の川の流れ、地形は耳の形であり、このような地形を「太地の耳」と思い
下記のような地名を古代人は付けたのであろう。
吉舎町 キサ kisar 耳
木更津（キサラヅ）、象潟（キサガタ）な
どもこのタイプの地名であろう。
なお、地名説話として、後鳥羽上皇が承久の乱後、隠岐島へ配流される時にここに一泊
され、「吉（ヨ）き舎（ヤド）り」と仰せられて、そのことに由来すると言われているそ
うであるが、初めての人には難読地名の一つであろう。
その他の気になる地名は下記の通り。
三玉 サンタマ san-to(ko)m 前に出た小山
海田原 カイダハラ kay-ta-para 折れ砕けた所の広い所
本郷 ホンゴウ ho-un-ukaw 川口にある石の重なり合い
白根 シラネ sirar-nay 岩磐の川
吉舎から北西へ約２０Ｋｍ、馬洗川に沿って下ると銀輸送の要衝であった三次宿である。
ここは河川交通の要衝で毛利氏、尼子氏の争奪戦の舞台でもあった。
図 ４．広島県三次市三好町周辺地形図
なお、ここが古代から要衝であったことは次の地名からも明らかであろう。
三次市 ミヨシ muy-i-o-si 入江の獲物がとても多い所
その他、気になる地名は下記の通り。
馬洗川 バセン pa-sem(pir) 山の日陰
双三郡 ソウミ so-muy 岩／滝の山／入江
君田村 キミタ kim-ta （聳えない）山の所
布野村 フノ pu-no
倉、獲物の多い尊い所
ut-nup 枝状の原場
泉吉田 ｲｽﾞﾐﾖｼﾀﾞ etu-muy-i-o-si-ta出崎の入江の獲物がとても多い所
木呂田 キロタ kir-o-ta 太地の脚、切り立った山の裾の所
藤兼 フジカネ put,i-ka-nay
川口の上手の川
折原 オリハラ ori-para
高台の広い所
大田 オオタ ota 砂浜
三原 ミハラ mintar
（神々の）庭
畠敷 ハタシキ pa-ta-sike
太地の頭、山が切り立つ荷台、段丘
粟屋 アワヤ aw,a-ya 枝状の山縁／岸辺
枝川の山縁／岸辺
長谷 ナガタニ na-ka-ta-ni 水辺の上手の所の林
三好宿、布野宿を過ぎさらに北上すると標高約６００ｍ、上り下り「九十九曲がり」の
最大の難所「赤名越」である。吉備、石見、出雲国境であり、尼子氏と大内・毛利氏の相
互の侵攻ルートでもあった。
図 ５．島根県飯石郡赤来町赤名周辺の地形図
下記のような地名が気になる。
赤来町 アカギ wakka-ke 水辺の所
赤名川 アカナ wakka-nam
水が冷たい
充満山 ジュウマン chiw-oman 潮波が奧に入った（ような山）
充満山の山容は下記のようである。
図 ６．島根県飯石郡赤来町、邑智郡邑智町境の充満山の山容カシバード像
この山を東から見上げた山容であり、山裾が波打っている特異な地形の山である。
小田 オダ ota 砂浜
古市 フルイチ hur-i-ot-i 岡の獲物が群在する所
千束 センゾク sem(pir)-so-ke
日陰の岩礁の所
源田山 ゲンダヤマ kep-ta-ya-oma
削られた切り立った山縁にある
ここは山ではなく集落名である。
井戸谷 イド etu 山崎
奧真木 オクマギ ok-mak-ke 奧の奥まった所
真木川があり、真木、口真木、奧真木とあ
る。
茗荷谷 ミョウガ muy-o-ka
入江の川口の上手
伊久利山 イクリ i-kur-i
そこは日陰の所
i-hur,i
神の岡、祭場
吉谷 ヨシダニ i-o-si-tan-ni
獲物がとても多いこちらの林
釜ヶ崎 カマガサキ kama-ka-san-key 岩盤の上手の出崎
赤名宿からは出雲街道と分かれて西北へ向かい、約２０Ｋｍ進むと小原宿である。ここ
も河川の集まる所である。
図 ７．島根県邑智郡邑智町粕淵付近の拡大地形図
下記のような地名が気になる。
邑智町 オオチ o-ot-i 山裾／川口が多い所
粕淵 カスブチ kas-put,i 越える川口
灰屋 ハンヤ pan-ya 川下の岸辺
才ヶ原 サイガハラ sa-i-ka-para 砂場の所の上手の広い所
小原 オバラ o-para 川口の広い所
早水川 ハヤミズ pa-ya-muy-su
山の縁の入江の窪地
久保 クボ kut-ho 岩崖の山裾
渋谷川 シブヤ sum-puy-ya
泉の水穴の山縁
郷口 ゴウグチ ukaw-put,i 石の重なり合いの川口
野井 ノイ not-i 太地のアゴ、出崎の所
no-i
尊い所、祭場
津ノ目山 ツノメ tu-no-moy 峰の尊い入り込んだ所
ここから西北西に石見銀山の町、大森宿を目指すが、東北に三瓶山を仰ぐことになる。
この山はアイヌ・縄文語の立場からは貴重な山であるが特異な地形の山でもある。
図 ９．東、やや上空から見た三瓶山の山容カシバード像
北の地上から見てもよく分からないが、東から見ると噴火口の痕がよく見えて、火山で
あったことがよく分かる。右側の大きい山が男三瓶、その左が子三瓶、その左に孫三瓶と
並んでおり、手前に細長い尾根状の太平山に続き、女三瓶山である。数年前、電波伝搬調
査の仕事でこの山へ登った。今から思うに、標高８５４ｍの太平山までスキーのリフトで
上がりそこから女三瓶山を経て、１，１２６ｍの男三瓶山まで上がっていったのであろう。
小雨の中視界はなく、１５分位であったが息切れしてやっと前についていったことを思い
出した。三瓶町があり、三瓶川もある。ここの地名は三瓶川に因むものであろう。青森県
の三内丸山遺跡の「三内（サンナイ）」地名と比べてみるとよく分かる。
三内 サンナイ san-nay （大水が）前に出る川
三瓶山 サンベ san-pet
（大水が）前に出る川
時々洪水を起こす川と言う意味で、三内丸山と同じ意味の地名、川名であろう。三瓶川
は太田市内を流れ下る川である。
小原宿から約１４Ｋｍ西北西に行くと石見銀山の宿場町大森である。
図 １０．島根県太田市大森町銀山付近の拡大地形図
灰吹法と言われる精錬方法が現地精錬を可能にし、産銀量も飛躍的に増えたのだそうで
あるが、当然のように戦国大名が争奪戦を繰り広げ大内氏、尼子氏、毛利氏の盛衰に関わ
っていた。そのための街道整備と温泉津の積出港の整備も整えられた。
気になる地名は下記の通り。
柑子谷 コウジ kot-us-i 岩崖にくっついているもの、川／谷
山吹城 ヤマブキ ya-oma-pu-ke 山縁にある倉、獲物の多い所
佐摩 サマ sam-am 横になっている、横山
佐毘売山神社サヒメ sa-pi-muy 前に出た岩山の入江
仙山 セン sem(pir) 日陰
sep(-hur) 広い岡
積出港の温泉津の地形は陸上の交通の便には不便だったかも知れないが港地形としては良
くできていたのではと思われる。
図 １１．島根県邇摩郡温泉津町周辺の拡大地形図
温泉津 ユノツ yu-not,u
湯の出る太地のアゴ、山崎
「ユ」はアイヌ語と同じ。
小浜 コハマ ko-ha-oma そこは潮が引く所
沖泊 オキドマリ ok-i-tomari 奥に入った停泊所
「トマリ」はアイヌ語と共通。
波路浦 ハジウラ pachi-uta 鉢のような砂浜