「アイヌ」語源考
2006 3/27
「アイヌ」はアイヌ人、アイヌ語をあらわす民族名であるが、もう一つ、その語源はあ
いまいである。一般的には（aynu:人）であり、（ay-nu:矢を持つ（人）、男）などがあ
る。
萱野茂（カヤノシゲル）の『アイヌ語辞典』には「アイヌ」について次のようにある。
①人間、人（神に対しての人間）
②アイヌ民族、アイヌ人
③成人男子 ＊まれに成人女性を指す場合もある
④父（他人からその人の父を指す）
⑤夫（他人に対して妻から夫を指す）
田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』も同じようなものである。一方、民族名のイヌイッ
ト（かつてのエスキモー人）も人を意味するそうである。「イヌ」が共通にあり、日本語
の犬も気になる。
有名なアイヌ学者、金田一京助は「エゾ」も「エミシ」も古いアイヌ語で、樺太アイヌ
が自分たちを「エンチュウ」と呼んでいたことを知り、これはおそらく古い 「アイヌ」
の呼び方だろうなどと荒っぽい議論で、言語学的にはほど遠いものようである。
アイヌが自らを「アイヌ」と言うからには、あきらかなアイヌ語であろう。鍵になる語
は、「イヌ」にあるようである。「イヌ」には下記のようにある。
①聞く
②・・・してみる
萱野茂、田村すず子の双方の辞書に共通にある。これでは「人」と結びつかない。しか
し、（i-nu:見る）という言葉でもあることを知った。なぜ、「聞く」と「見る」が同じ言
葉なのか新たな疑問にであう。語源分析するとよく分かる。
「イ」に関して、知里真志保の「地名アイヌ語小辞典」には詳しく、（"i-"に関して）
①a(n)-/-an（我（ら）の）に対する第一人称目的格の人称接頭辞
②第三人称主格 それ 恐ろしい神の名を呼ぶことををはばかって単に「それ」と
済ますことも多い
③第三人称目的格 それを
「ヌ」に関して、動詞 "nu" は
nu:・・・を聞く
-nu:持つ
「ヌ」に関して、名詞 "nu,ye" は
nu,ye ①豊魚 ②温泉 ③目
とある。「イヌ」のもとは （i-nu:それを持つ）、すなわち知覚で新たに知りうること
から「見る」と「聞く」とは同じ言葉となったのではないだろうか。
日本語の犬は （i-nu:それ（獲物）を持つ/得る（もの））、（i-nu(-un):それ（獲物）
の豊魚をもたらす）などからではないだろうか。アイヌ語の「イヌン」（inun,i:漁のため
に水辺に出向いて滞在する）の語源のようでもあり、犬と猟との関係を示していないか。
さて、「アイヌ」の「ア」は
①第一人称単数および複数の主格 我（ら）が、 我（ら）の
②第一人称複数包括形（話し相手を含めて） 我らが/の
③第二人称単数および複数の敬相主格 あなた（がた）が/の
④一般称 人が/の
のいずれか、とくに②、④に相当するものであろう。
「アイヌ」の「イヌ」は （i-nu:それを持つ） で "i-" が問題である。知里真志保
の言った「恐ろしい神の名を呼ぶことををはばかって単に「それ」と済ますことも多い」
と関連して、「神の二面性」すなわち、一方では宗教人としての「神」であるが、一方で
は生活民としての「獲物」を表す言葉だ、と言ったことが印象にある。
結局、「アイヌ」の語源を
（a-i-nu:我らはそれ（魂/神/知覚など）を持つ（もの））
としてみたが、論理的に言葉を構成してきたアイヌに相応しいものではないだろうか。