地と雲と煙について
2008 10/28
スワデッシュの基礎語彙100語の中の「基礎語彙」にある、No.79.「地」とNo.80.「雲」
とNo.81.「煙」と、自然関係語彙にが続く。
いつものように内的再構を試みる『日本語語源大辞典（小学館）』の語源説を見てみよ
う。「ツチ（土・地）」としてあったので見てみよう。
「ツチ（土・地）」について、
①ツツヒヂ（続泥）の約か。
②ツヅキ（続）の約。
③ツモリチリ（積塵）、またはオチツキヰ（落着居）の義。
④ツムチリ（積塵）の反。
⑤万物栄えるものは必ず落ちて土となるところからツはツクル（置）、チは
オチル（落）の義。
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⑪ツはイカツチ（雷）、ノヅチ（野椎）などのツと同じで格助詞。チは例物を
いうチ（霊）か。
とある。何れも決め手に欠ける語源説と思える。
また、「ナイ（地震）」の語源説に『日本の言葉』（創元社、1940年）の中の新村出の
説として、「ナイフル（地震）の下略。ナは土の義。ヰは場所や物の存在を明らかにする
語尾」とあり、「ナ」が土を表わしていたことが分かる。更に［参考］として、
「「なゑ」は元来「大地」の意味で、「なゑがよる」「なゑふる」とは「地面がゆれる」の
意である。動詞部分が省略され、「なゑ」が地面地震そのものをさすようになった。現在
ではナイ、ナエ、ネーなどの形で九州・沖縄のほか東日本各地にも点在し、周辺分布を為
している。」 とあり、「ナ」が古い用例であることを示唆している。
ここで外的再構による語源を追ってみよう。
表 1.スワデッシュの基礎語彙No.79 earth:地 に関する南島語比較
「地」を意味する南島祖語としてO.デンプウォルフの *banu(v)a とその派生語群と、
もう一つの *tanah とR.D.ゾルクの *tanaq とは同源としてその派生語のグループと二
分して結線してみた。
日本語「ニタ」は「ヌタ」、「ヤチ」とともに湿地を意味するが、た、アイヌ語でも
nita:湿地 であるが、村山七郎によると下記のような音韻変化の結果であると言われる。
nita/nitat < nta < nata < *tanah
いわゆるメタテーゼ形の変化の結果である。意味は少々ずれている。
日本語「ナ」は上記で見たように古い用例と思えるが、アルタイ系であるモンゴル語
na:地/土地 と全く同じである。上記の変化過程にある八重山諸語の nta から na への
変化も考えられないことはないのではないだろうか。
日本語「ツチ（土）」を南にたどると、沖縄語では Ncha であるが､八重山諸語では
s'its'i , tsitsi , ts'its'i などであり、インドネシア・ジャワ語の siti へ行き当たる。「チ」
の音は共通であり、「ツ」が si- から変化した例ではないだろうか。
また、アイヌ語 sir/siri もこのジャワ語 siti からの変化ではないだろうか。t > r 音韻
変化は起こりやすく、この siti からの派生と思われる台湾・サアロア語 sare: 、アミ語
se'ra? など
t > r 変化が見られる。
これらのアイヌ語に対する判定結果は下記の通り。
表 2.スワデッシュの基礎語彙No.79 earth:地 に関する比較結果
結果は、nitat , sir/siri に対して南島語諸語の類似が見られ、南島語系であると言える
のではないだろうか。toy については朝鮮語との共通音が気になる。
次に「クモ（雲）」に移る。
ここで、『日本語語源大辞典（小学館）』の語源説を見てみよう。
「クモ（雲）」の語源説は、
①コモル（隠・籠）の義。
②天体をコメル（籠）ところからクミと呼ばれ、それが転じたもの。
③クマ（隠）の転。
④クグモルの義。クモリの約。
⑤水気が組集まってできるというところから、クム（組）の転。
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⑬朝鮮語で雲をいう kurɐm と同源か。
⑭クロシ（黒）、クラシ（暗）等に含まれるアイヌ語に似た語根 kur があり、
さらに朝鮮語 kurum（雲）と比較すると、kumo は kur+mo からきたか。
とある。最後の2項に鍵が有るようである。
ここで外的再構による語源を追ってみよう。
表 3.スワデッシュの基礎語彙No.80 cloud:雲 に関する南島語比較
「クモ（雲）」を意味する南島祖語としてO.デンプウォルフの *ka(m)but とその派生
語と、もう一つは意味は空を表わすが、*laNit とその派生語と、R.D.ゾルクの *quZa'N
とその派生語とを三分して結線してみた。もう一つの南島祖語 *kələm:黒 がかかわって
いると考えられるがここでは参考として掲げておいた。この語は *quZa'N と関わってい
ると考えられる。
日本語「クモ（雲）」は『日本語語源大辞典』の語源説にもあったように朝鮮語 kurum
（雲）からとする説がある。これは台湾・サオ語の ?u':rum によく似ており、これは南
島祖語 *kələm:黒 からでたものに思える。従って下記の変化を推定できる。
クモ kumo < kurum/?u':rum < *kələm
ə 音は u 音に近い。-rum のメタテーゼ mru と変わった結果の変化ではないだろう
か。したがって、この場合の朝鮮語も南島語系と言えるのではないだろうか。
アイヌ語 nis/nisi は南島祖語 *laNit:空 の接辞 la- の取れた幹収縮形で下記の変化は
一般的に思える。
nis/nisi < nit < *(la-)Nit
アイヌ語 nis/nisi はこの祖語の意味「空」をも含んでいる。
また、アイヌ語 nis-kur は「空」＋「影」の合成から「雲」の言葉が出来た経緯を示
すが、この kur:影 も上記の南島祖語 *kələm:黒 などからの派生であろう。
これらのアイヌ語に対する判定結果を次表にまとめてみた。
表 4.スワデッシュの基礎語彙No.80 cloud:雲 に関する比較結果
台湾諸語、沖縄諸語には類似語が見いだせないが、南島語系統といえるであろう。
次に「ケムリ（煙）」に移る。古くは「ケブリ」だったそうである。
ここで、『日本語語源大辞典（小学館）』の語源説を見てみよう。
「ケムリ（煙）」の語源説は、
①ケはケ（気）、ブリは揺れたつ意。
②気のようにたなびいて上がるところから、ケは気の意。
③ケフリ（気振）の義か。
④ケノボリ（気登）の義。または、ケはキエ（消）の転で、火キエテーケノボ
ル（気登）の義。
⑤ケフリ（気降）の義。
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⑬物の上を薄くおおう意味の動詞カブ（黴）から。
⑭「熏」の別音 kem に諧音リを添えた語ケムリの転。
とある。各者各様の思いつきに思える。
ここで外的再構による語源を追ってみよう。
表 5.スワデッシュの基礎語彙No.81 smoke:煙 に関する南島語比較
「ケムリ（煙）」を意味する南島祖語としてO.デンプウォルフの *CapaH とその派生
語と、もう一つは、*qe^bel とその派生語と、R.D.ゾルクの *[t']u とその派生語と、も
う一つは、*hat'ap とその派生語とを四分して結線してみた。
南島祖語 *CapaH の派生語は台湾南部、ポリネシア語に派生しており古い形であろう。
南島祖語 *qe^bel の派生語は主に台湾に残りやや新しく、南島祖語 *hat'ap の派生語
は幅広く派生している。
日本語「ケムリ（煙）」（< keburi）は類似語も多く、インドネシア・マライ語 kebul,
台湾・パイワン語 ce'vul 、サア語 qu'm?bu? など南島祖語 *qe^bel の派生語である
ことは明らかと思える。
なお、村山七郎によると九州中央の阿蘇山の「アソ」はフイリッピン・タガログ語の
aso に同じく「煙」の南島語で、原始インドネシア語 *at'u:煙 から派生したものと言わ
れている。
「アソ」、「アソウ」地名も各地にあり、それらを整理した結果では
アソ/アソウ as-so（-oro） 切立つあたり一面の所
というアイヌ語地名がぴったり当てはまると結論したことがある。北海道足寄郡足寄（ア
ショロ）町の現地アイヌ語地名の原義である。煙説に疑問を持ったのは京都府宮津市の内
海、「阿蘇（アソ）の海」を訪れた時、山々が岸辺に寄った周辺の切立った岸辺に着けら
れた名前であろうと思ったからである。
なお、原始インドネシア語 *at'u:煙 は派生語が広く波及している南島祖語 *hat'ap
と同源に思える。
アイヌ語動詞 as:立つ/群在する も名詞から動詞へと変わるがこれらの祖語からの派生
であろう。
また、アイヌ語 supuya:煙 であるが、sup:ススキ 、supki:アシ／ヨシ など、すくっ
と立つものの意味がありそうである。supu- に対する類似語は台湾・パイワン語 ce'vul
、このメタテーゼ形の台湾・ブヌン語の hus?ul と見つかる。南島祖語 *qe^bel の派
生語と思われるが、アイヌ語 supuya:煙 との結線は見合わせた。
これらのアイヌ語に対する判定結果を次表にまとめてみた。
表 6.スワデッシュの基礎語彙No.81 smoke:煙 に関する比較結果
アイヌ語 as は意味ずれはあるが、南島語系統といえるであろう。